沿革

電子計算機室の発足(昭和42年〜50年)

1967年(昭和42年)3月 工学部敷地内に新築された135平方メートル平屋建ての建物に HIPAC103(主記憶4096ワード)システムが納められた。 まだ電子計算機が珍しいころで,ランプの点滅するコンソールなど いかにも「高価な電子計算機」にふさわしい威容を備えていた。 職員は室長(兼任),技官1名,技術補佐員1名で発足し,1968(昭和43)年度より教務職員1名が増員された。 利用形態はユーザがプログラムを書いて持参し,パンチャがそのプログラムを紙テープにパンチし,オペレータが計算機にかけて,その結果をユーザに返却するというクローズドシステムであった。

データステーション時代へ(昭和50年〜61年)

1975(昭和50)年度予算ではデータステーションとして生まれ変わった。 大学内の電算機自体を用いて行うローカルバッチと通信回線を経由して東京大学大型計算機センターを利用するリモートバッチを効率良く両立させることと,水戸地区に端末を設置して水戸地区から日立地区の計算機と東京大学大型計算機センターの計算機の双方を自由に利用できることを目指して機種選定が行われ,HITAC8250(主記憶160Kbyte)が選定され,1975(昭和50)年12月に設置された。 水戸地区においては,特別設備費の予算でミニコンピュータHITAC10IIが購入され,1976(昭和51)年4月に理学部3階の一室に設置された。 これより水戸分室が誕生した。

また,東京大学大型計算機センターとの間に専用回線(2400ボー)が敷設され,更に,1976(昭和51)年7月には水戸分室と本室との間に専用回線(2400ボー)が敷設された。 利用形態はオープン利用方式であり,ユーザが各自でプログラムをカードにパンチしてカードリーダで読み込ませ,計算機で実行し,その結果をラインプリンタで出力して持ち帰るという方式であった。 水戸分室には専任職員はいないため,ユーザの協力で運営されていた。

情報処理センター時代(昭和61年〜平成10年)

1986(昭和61)年3月にHITAC8250に換わりHITACM-240H(日立地区)とHITAC L-450(リモートジョブ制御)(水戸地区)が導入され,情報処理センターとしての運用が開始された。 これに伴って,教育用・研究用端末として日立地区と水戸地区に39台,阿見地区に18台が配置され,図書館業務用端末として12台が設置された。 これらにより全学的な計算機利用環境が整備された。 利用形態は主としてTSS処理が行われ,旧システムとの継続性を保つために補助的にカード入力によるバッチ処理も行われた。 3地区間通信用として,3.4KHzs(14.4Kbps)の専用回線が日立地区—水戸地区間に2本,日立地区—阿見地区間に1本が敷設された。 また,構内公衆回線(1200〜4800bps)を通じて研究室からHITACM-240Hへのアクセスが可能になるとともに,東京大学大型計算機センターへの通信速度が9600bpsに更新されるなど,計算機利用環境の改善が通信の面からも改善された。

1989(平成元)年2月には,教育環境改善を目的に情報処理機器の変更が行われた。 日立地区はHITAC M-660Hを中心に教育用・研究用端末が41台が導入された。 水戸地区と阿見地区にはそれぞれHITAC M-620(リモートジョブ制御)が導入され,教育用・研究用端末についてはそれぞれ48台と24台が設置された。 更に,日立地区—水戸地区間は64Kbpsの高速ディジタル回線,日立地区—阿見地区間は3.4KHz-s(14.4Kbps)×2回線となり,これまでと比べて約2倍の回線速度となった。

1993(平成5)年3月には,HITACM-660Lに更新され,ワークステーションを含めた端末数も日立地区67台,水戸地区65台,阿見地区33台と大幅に増設された。 主な利用形態としてTSS処理とバッチ処理が行われた。

更に,各地区内のネットワークについては1994(平成6)年3月に設置され,運用が開始された。 日立地区と水戸地区は100Mbps×3のFDDI,阿見地区は100MbpsのFDDIを幹線として,建物毎にノードが設置され,その各ノードには10BASE-Tのイエローケーブル(イーサネットケーブル)が接続された。 これにより,各地区にリング型ネットワークが構築された。

1994(平成6)年3月時の各地区間および学外接続のネットワークについては,日立地区—水戸地区間192Kbps,日立地区—阿見地区間と日立地区—学術情報センター(sinet)筑波大学ノード間64Kbpsであった。 これと同時に地域相互接続RIC-Tsukubaに加盟し,学術情報ネットワークを通して学外との通信が可能になった。 経路制御に関しては,日立地区に茨城大学のトップドメイン(ibaraki.ac.jp)用のドメインネームサービス(DNS)サーバが設置され,各地区にはサブドメイン用のDNSサーバが設置された。

更に,3地区に分かれたキャンパスをより強固に結合するために,日立地区—水戸地区間は1995(平成7)年2月に512Kbps,1995(平成7)年5月に1.5Mbps(高速ディジタル専用回線)と更新し,日立地区—阿見地区間も1995(平成7)年2月に128Kbps,1995(平成7)年7月に1.5Mbps(高速ディジタル専用回線)と更新した。

また,日立地区—sinet間の対外接続についても,1995(平成7)年2月に512Kbps,1995(平成7)年5月に1.5Mbps(高速ディジタル専用回線)と高速化が図られた。 これらにより茨城大学のキャンパス情報ネットワークが完成した。

 1997(平成9)年3月には,計算サーバ(HITACHISR2201)と地区毎に設置された全学生対象のキャンパスサーバ(H9000)を中心とする分散システムに更新された。 教育用端末もPentium120 MHzのコンピュータが日立地区と水戸地区にそれぞれ75台,阿見地区に55台設置され,高速化及び多様化が図られた。 更に,研究用端末としてPentium200MHzのコンピュータが日立地区と水戸地区にそれぞれ5台,阿見地区に2台が設置され,アプリケーションサーバとしてSUNUltra/170Eが5台設置された。

1997年(平成9年)4月から公衆回線利用のダイヤルアップ接続(PPP接続)のサービスがアナログ回線15回線で開始された。

総合情報処理センター時代(平成10年〜)

1998(平成10)年4月9日に,省令施設として総合情報処理セ ンター(定員:専任教官1名,技術職員3名,事務職員1名)が設置された。 3地区にまたがって行われる情報処理教育・研究を支援するために,1999(平成 11)年3月には総合情報処理センターの計算機システムが導入された。 そのシス テムは2つの計算サーバと各地区毎に設置した全学生が利用対象となるキャン パスサーバを中心に構成された。 計算サーバはSR2201とOrigin2000が設置され た。 キャンパスサーバは各キャンパスの利用者数に応じて機器の仕様が決定さ れ,日立キャンパスと水戸キャンパスにはAlpha4100が,阿見キャンパスには Alpha1200が設置された。 教育用端末としてはPentiumII,350MHzのミドルモデ ルのコンピュータを日立地区155台,水戸地区175台,阿見地区75台が設置され, 多人数同時教育および複数教室化が可能になった。 研究用端末も PentiumII,350MHz以上のコンピュータが15台設置され,高速化が図られた。 画 像メディアサーバについては,多種多様化に対応するためFLORA370(4台), OCTANE/SSE(2台),PowerMac-G3 (2台),Ultra1/170E(1台)の4種類の機器が導 入された。

 キャンパス情報ネットワークも1999(平成11)年3月に更新され,各地区内の バックボーン回線速度が100Mbpsから1Gbpsへと高速化すると共に各地区のネッ トワーク構成もFDDIを用いたリング型構成からバックボーンギガビットスイッ チを中心としたスター型構成となった。 また,地区間のネットワークを介して 3地区間の電話の内線化も実現し,1999(平成11)年4月には附属中学校と回線速 度128Kbpsで接続した。

更に,1999(平成11)年末には日立地区—水戸地区間の 回線速度を3Mbps(高速ディジタル専用回線)に,日立地区—SINET間の回線速 度を6Mbps(ATM)に高速化すると共に,広域水圏センターと阿見地区の間を INS64により64kbpsで接続した。

 2000年(平成12年)5月には附属中学校を,9月には附属養護学校をキャンパス情報ネットワークに回線速度128Kbpsで接続した。

2001年(平成13年)8月にはキャンパス間接続を100Mbpsイーサネット接続に変更した。

更に,2001年(平成13年)11月にsinetとの接続を100Mbpsイーサネット接続に高速化した。

2002年(平成14年)2月には,附属学校(附属中学校,附属小学校,附属養護学校)と回線速度1.5Mbpsで接続した。

 2003年(平成15年)3月には,センター本部を総合研究棟1〜2 階に移転した。 また,計算機システムを更新し,日立地区及び水戸地区のキャンパスサーバ及び計算サーバ(1台)としてSun Fire V880 Server,阿見地区のキャンパスサーバ及びメールサーバ等をSun Blade 2000 Workstation, 教育用端末(515台)として日立FLORA310W, 研究用端末(23台)として日立FLORA350Wをそれぞれ導入した。 また,各地区の図書館等に無線LANを導入した。

2003年(平成15年)11月には, 高速デジタル回線を介して広域水圏センターを 広域イーサネットに接続することで,512kbpsに高速化した。

 2004年(平成16年)8月には, 広域イーサネット網が広域水圏センターまでサービスを拡大したことを受けて, 広域水圏センターとの接続を2Mbpsに高速化した。

学術情報局IT基盤センター時代(平成17年〜)

 学内における学術情報の合理的な管理・運用のため, 2005年7月1日に茨城大学学術情報局が設置された。 これに伴い,総合情報処理センターは事務局の情報系部門及び大学教育研究開発センターの一部と共にIT基盤センターに改組され, 図書館と共に学術情報局の構成部局となった。

 2006年(平成18年)8月には、附属学校(附属小学校、附属中学校、特別支援学校)との接続を B-Flets(100Mbps)に変更した。

 2007年(平成19年)3月には、IT基盤センターの計算機システムが更新され、 日立地区及び水戸地区のキャンパスサーバとして SunFire v40z, 阿見地区のキャンパスサーバ、メールサーバ、研究支援サーバ、 共用Webサーバとして SunFire X4100 を導入した。 教育用端末としては Pentium 4,3.2GHzの 日立 FLORA310Wを488台、 研究用端末として Pentium4,3.6GHzの日立FLORA350Wを9台導入した。 また、それまで独立システムとして導入されていた情報工学科の計算機システムも IT基盤センターの計算機システムの一部として導入されることになったのに伴い、 WindowsとSolarisのDual Bootが可能な教育用端末 FLORA310W(100台)が導入された。 さらにキャンパス情報ネットワークも レンタル計算機システムの一部として組み入れ、同時に更新された。 これによりネットワーク機材を定期的に安定して更新することが可能となった。 モバイル機器が多くなってきたことに対応するため、 それまで個別に固定IPを割り当てていたIPアドレスの運用を DHCPで動的に割り当てる方式に変更した。 さらにネットワーク利用開始時にユーザ認証を行うことにより、 利便性と安全性を実現した。

 2008年(平成20年)5月には、日立地区—水戸地区間、日立地区—阿見地区間の接続を 1Gbps に高速化した。 また広域水圈センターとの接続を10Mbpsに高速化した。

2008年(平成20年)11月には、フロンティア応用原子科学研究センター(J-PARC関連施設)をB-Fletsにより 100Mbpsで接続した。

 2009年(平成21年)5月には、日立地区−SINET間の回線速度を1Gbpsイーサネット接続に高速化した。

2009年(平成21年)7月には、宇宙科学教育研究センターを B-Flets により 100Mbps で接続した。

学術振興局IT基盤センター時代(平成22年〜)

2010年(平成22年)4月1日には、上位部局である学術情報局が学術振興局に改組され、 これに伴い「茨城大学IT基盤センター」となった。

2016年 キャンパスネットワークのトポロジーを変更した。